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東京地方裁判所 平成5年(ワ)23650号 判決 1998年4月27日

原告

A

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

早﨑士規夫

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五万円及びこれに対する平成六年一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四五年特許願第四三五八四号(以下「本件原出願」という。)からの分割出願として、発明の名称を「新エス・エス型交換方式」とする発明につき、特許出願した(昭和六〇年特許願第二七九〇三四号、以下「本件分割出願」という。)。

2  特許庁審査官は、本件分割出願につき昭和六二年二月三日付けで進歩性なしという理由で拒絶査定をし(以下「本件拒絶査定」という。)、原告は、特許性ありという審決を求めて審判請求(昭和六二年審判第四九四三号、以下「本件審判」という。)をした。

3  特許庁審判部は、この審判請求を無視し、分割要件の不充足を理由とし、出願日の遡及を否定して、審査部へ差戻した(以下、この審決を「本件審決」という。)。

4  原告は、東京高等裁判所に対し、昭和六三年二月七日、本件審決の取消訴訟を提起した(東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第一九号、以下「本件審決取消訴訟」という。)。原告は、右訴訟において、特許庁が自ら発刊した分割出願審査基準を証拠として提出し、分割出願の要件は審査基準の如く充足している旨を主張した。東京高等裁判所は、この審査基準を無視し、一切これに触れることなく、特許庁の分割要件不充足を繰り返した。

原告は、最高裁判所に上告(平成元年(行ツ)第八五号)したが、敗訴した。最高裁判所の審理も、原告の挙証した審査基準に一切触れずに無視した。

5  本件拒絶査定は、進歩性なしの特許性否定であり、審判請求は特許性具備を求めたものであった。審判部が特許性なしの査定の維持に自信があれば、二重手間の分割要件による拒絶を図る必要はなく、直下に審決によって特許性を否定するはずであった。その自信がないからこそ分割要件に申請の鉾先をそらして詭弁を弄したものであって、明らかに本件分割出願にかかる発明の特許性を自白したものである。

およそ行政裁量の自己拘束は行政の鉄則であり、司法、行政の公正は憲法の命ずるところである。社会的にルールとして特許庁が施行する分割出願の基準に則った出願を詭弁をもって潰したことは違法である。殊に右審査基準はひとり特許庁内のマニュアルでなく、特許専門部、弁理士会の意見を徴して作成された社会的基準である。本件発明のみが、普遍的基準、すなわち分割出願になる分割発明と母体発明の該当部分とが実質的に同一であることが必要かつ十分であるという基準を外して審理される法理はない。もっとも、出願人は右基準を挙証しているから、担当裁判官が失念したわけではない。明らかに故意に外したのである。

6  したがって、本件審判、本件審決取消訴訟の裁判は、不正判決であり、被告は、審判費用、裁判費用及びこれに従事した労力の損害を賠償する責任がある。

その金員としてさしあたり一万円の支払を請求する。

7  原告は、本件審決取消訴訟の不正判決を正すべき再審請求をなすに至るまで、精神的肉体的苦痛を味わった。

その慰藉料としてさしあたり一万円の支払を請求する。

8  行政裁量の自己拘束の思想からみれば、本件審決取消訴訟の判決は判断遺脱であり、原告は、平成七年九月二五日、東京高等裁判所に再審請求を提起した(東京高等裁判所平成七年(行ソ)第五号、以下「本件再審の訴え」という)。しかるに、同裁判所は、今に至るまで、再審被告特許庁長官に対し、訴状の送達をせず、しかも、利害関係企業NTTには、再訴の旨通報し、両者は連絡をとっている。

これにより、原告の受ける精神的肉体的苦痛に対する慰藉料として、さしあたり三万円の支払を請求する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、特許庁審判部が、分割要件の不充足を理由とし、出願日の遡及を否定して審査部へ差戻したことは認め、その余は否認する。

4  同4の事実のうち、原告が本件審決取消訴訟を提起したこと、原告は、右訴訟において、特許庁が自ら発刊した分割出願審査基準を証拠として提出し、本件分割出願の要件は審査基準の如く充足している旨を主張したこと、原告は最高裁判所に上告したが敗訴したことは認め、その余は否認する。

5  同5ないし同7の事実は否認する。

6  同8の事実のうち、原告が本件再審の訴えを提起したことは認め、その余は否認する。

本件再審の訴えの訴状及び判決は、平成九年五月八日、再審被告である特許庁長官に送達された。

三  被告の主張

1  審判官の行った審判には、違法性はない。

(一) 審判官の行った審判に国家賠償法上の違法性がないことについて

(1) 特許出願に対する審査官の拒絶査定に対して不服のある場合の争訟は、高度の専門技術的知識に基づく統一的判断が要求されることから、特許庁の審判を前審的なものとして、その審決に対する訴えを東京高等裁判所に専属させている(特許法一二一条、一三一条ないし一七〇条及び一七八条)。

右の趣旨からすれば、審判手続に関する証拠申出の採否、証拠の証明力の判断及び事実認定等について違法が存する場合は、特許出願人(請求人)は、審査官の拒絶査定に対する審判請求事件の審決に対する訴えの提起により、審決に対する救済を受けることができ(特許法一七八条)、かつ、その方法によってのみ救済を受けることが許されるのを原則とし、右訴えの提起をしないまま審決が確定した後に、当該事件の審判官のなした証拠申出の採否、証拠の証明力の判断及び事実認定等について違法を主張することは、再審(特許法一七一条)による場合のほかは許されないといわなければならない。もしそうでなければ、当該事件の上訴裁判所として規定されている東京高等裁判所以外の裁判所に審判の判断の当否を有権的に判断させることになり、専属管轄及び審級制度の存立意義をなくしてしまうことになるからである。

(2) そこで、本件審決をした審判官に国家賠償法一条一項に該当する違法行為が存在するか否かについてみると、原告は、本件審決に対し、事実誤認を理由として東京高等裁判所に本件審決取消訴訟を提起したが、その請求を棄却され、さらに、原告は経験則違背の事実認定等を理由として最高裁判所に上告したが、その上告を棄却されて右請求棄却の判決は確定しているものであるから、右判決の確定により原告の主張する違法が存在しないということも確定したというべきであり、さらに、審判官がした特許要件該当性に関する判断について国家賠償法一条一項にいう違法性が認められるためには、審査、審判当時に存在した資料に基づく判断が明らかに不合理と認められる場合であることを要すると解すべきであるとろ、審査、審判当時に存在した資料に基づく判断が明らかに不合理と認められる事情も存在しない。

(二) 審決の判断内容に不合理がないことについて

(1) 出願の分割の趣旨について

出願の分割(特許法四四条)は、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一または二以上の新たな特許出願(分割出願)とすることであり、この分割出願が適法なものであれば、分割出願に対して元の特許出願(原出願)と同時に出願したと同様の効果を与えようとするものである。

(2) 分割出願の審査基準について

昭和五二年五月二七日、特許庁内の審査基準評議会作成部会の決定により、「出願の分割」に関する審査基準が作成され、以来、分割出願の審査は、右審査基準に基づいて行われていた。しかし、最高裁判所昭和五六年三月一三日第二小法廷判決において分割出願についての基準が示されたことにより、上記審査基準の一部を変更する必要が生じ、右作成部会において、その改正について特許庁内外の各方面の意見を聴取し、これを十分検討考慮して、昭和五八年三月二二日、審査基準として最終的に決定したものである。

以上のとおり、分割の出願に関する審査基準は、最高裁判所の判決を踏まえ、特許庁内外の各方面の意見を十分聴取した上で改訂されたものであって、審査基準として十分合理性を有するものである。

(3) 昭和五八年に改訂された出願の分割に関する審査基準について

本件分割出願は、昭和六〇年一二月一三日になされたものであるから、本件分割出願が適法か否かの判断は、昭和五八年に改訂された審査基準によってなされたものである。

昭和五八年に改訂された審査基準によれば、出願の分割が適法であるか否かの審査(審判)に当たっての原出願における出願の分割の対象となる発明とは、①原出願の願書に最初に添付した明細書または図面、②出願の分割の際の原出願の明細書または図面の両者に記載されている発明をいうものとされ、ただし、②に記載されていない発明であっても、出願の分割の際に補正により原出願の明細書または図面に記載することができる発明は②に記載されている発明として取り扱うものとされている。なお、出願の分割の対象となる発明は、原出願の「特許請求の範囲」もしくは「発明の詳細な説明」または図面に記載されている発明であると解される。

(4) 本件審決に、分割出願の審査基準に照らしてなんら不合理と認められる事情が存しないことについて

本件審決は、本件分割出願が分割出願の要件を備えているか否かについて、特許法四四条一項及び出願の分割の審査基準に照らして、本件原出願から審理した結果、本件分割出願の明細書または図面に記載された発明は、本件原出願の明細書または図面に記載されていない事項を、構成に欠くことのできない事項とするものであるから、本件原出願に包含された発明ではないとして、分割出願の要件を備えていないと判断した。

そして、この判断は、本件審決取消訴訟においても是認されている。

以上述べたことから明らかなように、本件分割出願に関する審判官の判断には、なんら不合理と認められる事情は存しない。

2  裁判官の行った争訟の裁判につき国家賠償法上の違法がないことについて

(一) 本件審決取消訴訟の裁判につき国家賠償法上の違法性がないことについて

裁判官がした争訟の裁判につき国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるためには、右裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するだけでは足りず、当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とするものであるところ、原告はかかる特別の事情を何ら主張していないので、主張自体において失当である。

(二) 本件再審の訴えの手続に国家賠償法上の違法性がないことについて

(1) 前記のとおり、本件再審の訴えの訴状及び判決は、平成九年五月八日、再審被告である特許庁長官に送達されたのであるから、東京高等裁判所が再審訴状を送達しないとの原告の主張は、事実に反する。

(2) また、仮に、右再審において訴状の送達が行われなかったとしても、そもそも、送達は、それを受領する者、例えば訴状であれば、訴状を受け取る被告に、裁判所や原告の行為があったことを知らせ、権利行使の機会を与えてその利益を保護しようとする制度であって、直接的には原告の利益を保護しようとしたものではないから、送達が行われなかったとしても、原告の法的利益を侵害するものではないし、これが国家賠償法上違法とされるものでもない。

第三  証拠

証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件分割出願が本件原出願を原出願とする分割出願であったこと、本件分割出願に対し、審査官は、昭和六二年二月三日付けで進歩性なしという理由で拒絶査定をし、原告は、特許性ありという審決を求めて審判請求をしたこと、この審判請求について、特許庁審判部は、分割要件の不充足を理由とし、出願日の遡及を否定して、審査部へ差戻したこと、原告が、東京高等裁判所に対し、昭和六三年二月七日、本件審決取消訴訟を提起したこと、原告が、右訴訟において、特許庁が自ら発刊した分割出願審査基準を証拠として提出し、分割出願の要件は審査基準の如く充足している旨を主張したこと、原告は最高裁判所に上告したが敗訴したこと、原告が平成七年九月二五日、東京高等裁判所に本件再審の訴えを提起したことは、いずれも当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実にいずれも成立に争いのない甲第五号証の一ないし一〇、一五、一六、乙第一ないし第三号証、弁論の全趣旨及びこれにより成立の認められる甲第五号証の一一ないし一四を総合すると、次の事実が認められる。

1(一)  中野桂介は、昭和四五年五月二一日付けで、本件原出願(昭和四五年特許願第四三五八四号)をした。

本件原出願の特許を受ける権利は、その後、昭和四六年九月一〇日付けの特許庁長官に対する届出により、中野から吉田五郎に承継され、昭和五六年四月一〇日付けの特許庁長官に対する届出により、吉田から原告に承継された。

(二)  本件原出願については、昭和五〇年七月四日付けで拒絶査定がなされ、拒絶査定不服の審判が請求された。

(三)  本件原出願につき、昭和五八年八月一八日、手続補正がされ、この手続補正について却下決定があったが、これに対する不服の訴え(東京高等裁判所昭和五九年(行ケ)第二八七号事件)について、昭和六一年四月二四日、補正却下決定取消の判決が言い渡され、右判決は確定した。

(四)  本件原出願につき、昭和五九年四月二四日には、二回目の手続補正が行われ、これら二回の手続補正により補正されたものが、公告公報に記載されている明細書及び図面であった。

(五)  昭和六〇年一二月一三日、本件原出願からの分割出願として、本件分割出願(昭和六〇年特許願第二七九〇三四号)がなされた。

(六)  昭和六二年七月九日、本件原出願について出願公告がなされた。

(七)  本件原出願に対する拒絶査定不服の審判に対し、昭和六二年一二月一六日、「原査定を取り消す。本願の発明は、特許をすべきものとする。」との審決がなされた。

昭和六三年四月二五日、本件原出願につき特許権の設定登録がなされた(特許第一四三七三八五号)。

本件原出願にかかる特許権は、平成二年五月二一日、出願の日(昭和四五年五月二一日)から二〇年の存続期間の満了により消滅し、平成三年一一月七日、その登録は抹消された。

2(一)  原告は、前記のとおり、昭和六〇年一二月一三日、本件分割出願をした。

(二)  審査官は、本件分割出願につき、昭和六一年九月二四日付けで、「この出願の特許請求の範囲に記載された発明は、その出願前日本国内において頒布された刊行物(特公昭四四―二九八八三号公報)に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明に属する技術の分野における通常の知識を有する者が、容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。」旨の拒絶の理由を通知した(この通知は、同年一一月一一日、原告にあてて発送された。)。

(三)  原告は、右拒絶理由通知に対し、昭和六二年一月五日付けで意見書を提出した。

(四)  審査官は、本件分割出願について、昭和六二年二月三日付けで、「この出願は、昭和六一年九月二四日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって、拒絶をすべきものと認める。」旨の本件拒絶査定をした(この拒絶査定は、昭和六二年三月一〇日、原告にあてて発送された。)。なお、本件拒絶査定の備考には、「引用文献(特公昭四四―二九八八三号公報)には、縦続する交換局を包含する通信系、交換接続用情報を送出する手段、該信号を伝送する線路的手段、交換接続用情報を受信して記録するレジスタ的手段及び該レジスタ的手段の蓄積する情報によって通信出線を行先別に選択する選択接続手段を具備する交換方式と実質的に差異のない交換方式が記載されている。そして、本願発明は交換接続用情報と伝送すべき本件情報を適合する信号形態に於て送出する点及びステップバイステップ型交換方式である点で引用文献に記載されたものと相違するが、交換接続用情報と伝送すべき本体情報を同一の線路で送出する非共通線信号方式及びステップバイステップ型交換方式は周知のものであり、本願発明のように、非共通線信号方式及びステップバイステップ型交換方式とした点に格別の困難性を要したものとは認めることができない。なお、意見書において、本願発明はディジタル型式の高速信号を用い、電子化された回路構成によってエス・エス接続を行うものである旨を主張しているが、ディジタル型式の高速信号及び電子化された回路構成を特許請求の範囲の記載から読取ることができない。」旨の記載がある。

(五)  原告は、昭和六二年四月二日、本件拒絶査定を不服として本件審判の請求(昭和六二年審判第四九四三号)をした。

(六)  審判官は、昭和六二年七月一六日付けで、「本件分割出願は特許法(昭和三四年法律第一二一号)第四四条第一項で規定する要件を備えていないものであり、本件分割出願について同法同条第三項に規定する出願日の遡及は認められない。」旨の通知をした(この通知は、昭和六二年八月七日、原告にあてて発送された)。

(七)  原告は、右通知に対し、昭和六二年九月一一日付けで、意見書及び手続補正書を提出した。

(八)  審判官は、昭和六二年一二月一七日付けで、「原査定を取り消す。本願は、更に審査に付すべきものとする。」旨の本件審決をなし、その謄本は昭和六三年一月三〇日、原告に送達された。

本件審決の理由の要旨は、「本件分割出願は、分割出願の要件(四四条一項、昭和四五年法律第九一号による改正前のもの)を備えていないため、出願日の遡及(同条三項、昭和四五年法律第九一号による改正前のもの)が認められず、現実の出願日である昭和六〇年一二月一三日に出願されたものとされる結果、四八条の二の適用を受け、請求をまって出願審査を行うことになるが、本件拒絶査定はこれに違反してなされたものであり、出願審査の請求のなされていない本件分割出願についてさらに審理を進めることは適当でない。」というものであった。

3(一)  原告は、昭和六三年二月七日、特許庁長官を被告として、東京高等裁判所に、本件審決取消訴訟(東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第一九号)を提起し、右審決の取消し及び進歩性の確認を求めたが、東京高等裁判所は、平成元年二月二八日、審決取消請求について棄却し、進歩性確認の訴えについては却下する旨の判決を言い渡した。

(二)  原告は、最高裁判所に上告をしたが(平成元年(行ツ)第八五号)、最高裁判所は、平成二年一一月二〇日、上告棄却の判決を言い渡し、本件審決は確定した。

(三)  審査宮は、本件審決の確定により、平成三年三月五日付けで、原告に対し、「この出願は、昭和六二年審判第四九四三号の審決が確定した結果、出願日の遡及は認められない。今後の手続きにおいては昭和四五年法律第九一号により改正された特許法に基づく出願として取り扱う。なお、上記改正法に基づく出願として取り扱うこととなった結果、この出願の現実の出願日から七年以内に出願審査の請求がなかったときはこの出願は取り下げたものとみなされることとなるから注意されたい。」との通知をした(この通知は、平成三年四月九日、原告にあてて発送されたが、受送達者不在のため、同年五月一四日に再び原告にあてて発送された)。

(四)  原告は、右通知にもかかわらず、本件分割出願の現実の出願日(昭和六〇年一二月一三日)から七年を経過した平成四年一二月一三日までに出願審査の請求をしなかった。その結果、本件分割出願は取り下げたものとみなされた。

4(一)  原告は、平成七年九月二五日、東京高等裁判所に本件再審の訴え(東京高等裁判所平成七年(行ソ)第五号)を提起し、本件審決取消訴訟の判決が、本件分割出願が特許庁の取扱いに関する審査基準に合致するか否かについて判断を遺脱した旨(平成八年法律第一〇九号による改正前の民事訴訟法(以下「旧民事訴訟法」という。)四二〇条一項九号)を主張した。

(二)  東京高等裁判所は、平成九年五月八日、本件再審の訴えを却下する判決を言い渡し、その理由として、「再審原告は、前訴判決に対し上告を申し立て、上告理由書を提出することにより、本願が右の審査基準に該当するものであることを主張し、上告審の判決においても、その点を含めて判断を加えていることが明らかである。……再審原告の右主張は、民事訴訟法四二〇条一項但書前段の規定に該当し、不適法なものであって、その主張内容からみて欠缺を補正することができないものといわざるをえない。」旨判示した。

本件再審の訴えの訴状及び判決は、平成九年五月八日、再審被告である特許庁長官に送達された。

二  原告は、本件審判及び本件審決取消訴訟の判決の違法を理由とし、国家賠償として、審判費用、裁判費用及びこれに従事した労力の損害相当額一万円及び再審請求をするまでの精神的肉体的苦痛に対する慰藉料相当額一万円を請求する(請求原因5ないし同7)。

1  そこで、まず、本件審決取消訴訟において、裁判官に、国家賠償法上違法とされるような行為があったかについて検討する。

(一)  裁判官がした争訟の裁判につき国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるためには、右裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するだけでは足りず、当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする(最高裁判所昭和五七年三月一二日第二小法廷判決 民集三六巻三号三二九頁)。

(二)  本件審決取消訴訟についてこれをみると、そもそもその判決に瑕疵が存在すると認めるに足りる証拠はなく、また裁判官がその付与された権限をその趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような事情を認めるに足りる証拠もない。

2 次に、本件審判において、審判官に国家賠償法上違法とされるような行為があったか否か検討する。

(一)(1) 特許出願に対する特許庁審査官の拒絶査定に対して不服があるときは、審判を請求することができ(特許法一二一条一項)、審判は、三人又は五人の審判官の合議体が行い(同法一三六条一項)、その合議体の合議は、過半数により決する(同条二項)こととされ、特許庁長官が各審判事件につき特許法施行令一三条に規定された資格を有する審判官を指定し(同条三項、同法一三七条一項)、審判官の除斥及び忌避について規定(同法一三九条ないし一四四条)が設けられている。

(2)  右審判における審理は、書面審理によるのを原則とし、申立又は職権で口頭審理によることができるとされ(同法一四五条二項)、職権による審理をすることができる(同法一五〇条一項、二項、一五二条、一五三条)が、証拠調及び証拠保全については民事訴訟法の規定を準用している(特許法一五一条)。

(3)  審決に対する訴えは、東京高等裁判所の専属管轄であり(同法一七八条一項)、審判を請求することができる事項に関する訴えは、審決に対するものでなければ、提起することができない(同条六項)。

(4)  民事訴訟法の再審の理由の規定は、確定審決に対する再審の請求に準用されている(特許法一七一条)。

(二)(1) 審判手続は、審判官によって遂行される行政上の手続であり、その結論として示される審決は行政上の処分である。審判手続においては、右認定のとおり職権探知主義及び職権進行主義が採用され、本件審判のような拒絶査定に対する不服の審判においては、対審構造は採用されていない。

しかしながら、拒絶査定に対する不服の審判は、証拠の評価により事実を確定し、その事実に特許法などの法令を適用して拒絶理由の有無を判断することをその実質的な内容とするものであり、裁判と類似した判断作用を含むものと解される。

また、手続面においては、右認定のとおり審判の主体、証拠調などについて、不公平を避けるための配慮がなされており、その公正を確保するために厳格な手続が定められている。さらに、審決に対する不服申立ては東京高等裁判所の専属管轄とされていることから、審決はいわば三審制の一審判決に類似する位置づけを与えられていると見ることができ、再審という救済手段も存在する。

(2)  審判官の行為が国家賠償法上違法と評価されるか否かは、国に損害賠償義務を負担させるに足りるだけの実質的理由があるかどうかにかかわることがらであるから、単に審判官に法令に違反する行為があるということだけではなく、審判官の行為の内容、手続の公正の担保の有無などを参酌したうえで、国民が、審判官の法令違反行為によって生じた不当な結果を不服申立制度などにより是正することができるかどうか、その是正を不服申立制度にのみまかせることが相当かどうかという点を考慮に入れて判断されるべきである。

そして、拒絶査定に対する不服の審判は、その性質は行政上の手続であるが、前記(一)(1)ないし(4)、(二)(1)のとおり、裁判と類似した判断作用を含み、公正確保のために厳格な手続が定められており、審決取消訴訟などの不服申立手段も認められていることから、審決における証拠の採否、事実認定、法律の適用に違法が存する場合は、審決取消訴訟で是正するのが法の予定するところというべきである。

したがって、審判官がした審判につき国家賠償法一条一項にいう違法行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるためには、単に審判に法令違反が存在するというだけではなく、違法な審判の是正を、もっぱら審決取消訴訟などの不服申立制度によるべきものとすることが不相当と解されるような特別の事情があることを必要とすると解すべきである。

(三) 本件審判についてみると、前記認定事実によれば、本件審決は、本件審決取消訴訟の判決により適法であることが確定しており、本件審判の違法の主張のうち、本件審決の違法をいう部分は、右判決の既判力に抵触し、採用することができず、その余の点についても、本件審判に法令違反があったことを認めるに足りる証拠はなく、さらに、本件において、法定の不服申立制度によるべきものとすることが不相当と解されるような特別の事情を認めるに足りる証拠はない。

3  以上のとおり、本件審判及び本件審決取消訴訟において、審判官ないし裁判官に、国家賠償法上違法とされるような行為があったとは認められないから、原告の前記請求は、理由がない。

三  原告は、東京高等裁判所が本件再審の訴えの訴状を再審被告に送達しないこと、同裁判所がNTTに再訴の旨通知し、NTTと連絡を取っていることによって原告が受けた精神的肉体的苦痛に対する慰藉料相当額三万円を請求する(請求原因8)。

1  前記一4(二)のとおり、東京高等裁判所は、平成九年五月八日、本件再審の訴えの訴状を再審被告である特許庁長官に送達したものであるから、同裁判所が再審訴状を再審被告に送達しないという原告の主張は認められない。

仮に、原告の主張が、本件再審の訴え提起後直ちに再審訴状を送達しなかったことの違法を主張する趣旨であるとしても、前記一4(二)認定の事実によれば、本件再審の訴えは、旧民事訴訟法四二〇条一項但書前段の規定に該当し、不適法なものであって、その主張内容からみて欠缺を補正することができないものといわざるをえないとして却下の判決を受けたものであり、当事者に対する釈明などによって訴えを適法として審理を開始し得ることはなかったものと認められ、したがって、本件再審の訴え提起後直ちに再審訴状を送達することが訴訟の進行及び訴えに対する判断に何ら資するところはなく、再審の訴え提起後直ちに再審訴状を送達しなかったことをもって違法ということはできず、原告の右主張は採用することができない。

2  また、同裁判所がNTTに再訴の旨通報し、NTTと連絡をとっているという主張も、これを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、請求原因8についての原告の主張は、いずれも理由がない。

四  結論

よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙部眞規子 裁判官榎戸道也 裁判官中平健)

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